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九日、夜の部を観てきました。
原作 山田風太郎 脚本・演出 G2 柳生十兵衛 中村橋之助 天草四郎 成宮寛貴 お縫 藤谷美紀 お品 馬渕英俚可 お銭 遠藤久美子 柳生但馬守 六平直政 荒木又右衛門 山本亨 宮本武蔵 西岡徳馬 由比正雪 笠原浩夫 面白かったです。 セットがとても美しく凝っています。 回り舞台とかも上手に使い大掛かりなセットの割りに場面転換にもたつきが無く気持ちよく観れました。G2の作品をみるのは 「開弦」に続いて二回目ですが、セットに凝るタイプの方なのでしょうか。固定セットでしたが、「開放弦」もかなりのものでした。 ストーリーはとても有名な話だと思うので省略。 橋之助さんの演技は手堅いです。声が良く通り、セリフが聞きやすい、なにより見せ方を心得てるなって思います。安心して観ていられのです。 成宮君は初めて見ました。 とてもきれいで、しぐさが女性的なんだけど雰囲気は中性的で、色気というよりなんとも言えない怪しさを漂わせていました。 やわらかいけれど、力のこもったセリフ回しが印象的です。最期の壊れっぷりも見ごたえありました。多分役柄に合わせての事と思いますが、普通の青年とかを演じる時はどんな風になるんでしょうか? 彼の舞台、色々見てみたいです。 全体的に演技がきっちり出来ていて良い芝居だったと思います。 ただ、立ち廻りの時に付けが入るのですが、とても違和感を感じました。立ち廻りをされる方達の動きが歌舞伎のものでないせいか、なんか付けが合わないのです。付け打ちをするより、音を入れるんだったら普通の時代劇のように切った時の擬音を入れていったほうがノリが良かったのではと思います。 後、もうちょっと魅せてほしいなって。色気がすくない気がするのです。もっと耽美的な雰囲気をちりばめていただきたかった。それが出来るビジュアルを持ってる人達がいるのですから。 そういう意味であっさりとしてしまったのは、一つには十兵衛様がやたら健全なせいもあるでしょうね。 この十兵衛さん、スケベなとこもあるのだけど、どこまでも明るく健全なスケベなんだわ。 お品さんのあらわになって背中に字を書くところなんかもっとね~ 雰囲気あってもいいんじゃあない。四郎との絡みもね、何か物足りないって・・・・何求めてるんだろうね、あたしもさ(^^ゞ ところで、由比正雪が頼宣に柳生城で策を授けるところで、忠弥の名前を出していたのがツボでした。丸橋忠弥って先月、橋之助さんが歌舞伎座でやってた役ですから・・・笑いを取る場面ではないのですがこれもちょっとした遊びかな。
9月1日は防災の日、あちらこちらで訓練やったり、テレビでは関東大震災の時の映像が流れたりして、でもその日、一日だけね、私もそうですが(笑)。 でも子供の頃は、とても地震が恐かったです。かなり大きくなってからもふと、今地震があったらどうしようと恐怖に駆られるときがありました。
多分、子供の頃から聞かされてた震災の話のために恐怖心が刷り込まれたんだと思います。 私の母方の祖父母は東京の下町で震災に遭いました。 火に追われて吾妻橋あたりで隅田川に飛び込み、一夜を過ごしたそうです。ちょうど今のアサヒビール吾妻橋ビルのあたりです。当時、ビール工場だったあの場所で、ビールを入れるのに使ってた木箱(今は、プラスチックで来てますが)を浮き輪代わりに土手にしがみつくようにしていたとか。 川の水が温かくなっていて、死んだ人の亡骸や、馬の死体が流れて行くのが見えたそうです。 そして祖母は地震を異常に恐がる人になりました。 明治生まれで、あの「おしん」さながらの 厳しい人生を歩み、大抵の事では動じない人でしたが、どんな小さな地震でも顔色が変わってしまうのです。 本当に恐ろしい思いをしたのだと思います。 もっとも当時の東京市、住んでた場所によって状況は様々で、震災の次の日、神楽坂に住んでた大叔父はおにぎりを持って祖父母を探しに来たとか(まだ、ゆとりがあったのですね)。 義父にいたっては、当時子供だったとは言え、学校が休みになったのがうれしかったとういのが震災の思い出だとか・・・・別世界だったのですね、山の手は そして、祖母の親戚の話はもっとショッキングでした。関東の後、福井でも大きな震災があって、当時、その親戚の一家は福井で被災したのです。 家が壊れ、他の家族は皆無事でしたが、子供が一人だけ、倒れた柱にはさまれどうしても助けられません。 そのうちの火事がせまり、おばさんはその子といっしょに死ぬと柱にしがみついてたそうなのですが、おじさんが他の子供達のために死んだらいかんと、殴っておばさんを引きずるようにその場から離れたとか。。。「かあちゃん、かあちゃん」と叫ぶ声が忘れられないと祖母に泣きながら話していたそうです。 多分、大人たちが話しているのをたまたま聞いてしまったのだと思いますが、その晩、夜寝れませんでした。 その上、うちの実家は下町、9月1日が迫ると区の広報誌なんかに震災の体験談がたんと載るのです。つい、読んでしまって、地震に対する恐怖は増幅していったのでした。 結婚して地方に出た時は正直ほっとしました。これで、地震の心配はしばらくしなくていいかなって。でも、甘かったです。震災遭いました。阪神大震災、震度7にばっちり遭ってしまいました。 そして、今、東京に住んでます。関西の友人たちは「東京なんか行ったら絶対、震災に遭うよ、遭ったら笑ったる」って冗談言ってましたが、実際、笑いごとじゃあないです(^^ゞ。 震災なんて一生に一度遭えば十分だし、でも、今、震災に対して昔ほどの恐怖感はないです。どうあがいたって、成る様にしか成らないよねって、妙に肝が据わってしまったようです。 人間って中々にたくましい・・・・。 ちなみに、震災記念堂(正確には東京記念堂というんだそうですが)、震災の時たくさんの人が亡くなった場所ですが。東京大空襲の時、このあたりもひどい被害を受けました。 震災の時の記憶が残ってるので、ここに、逃げた人は少なかったそうですが、ここに逃げた人達は助かったとか。皮肉な話です。 < 前のページ次のページ >
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